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現場第一主義 2
2023年10月01日
この原稿を書き終えて担当に渡したところ、なんと、昨年8月に同じタイトルでニュースレターを出していることを指摘されました。ということで本稿は第2弾ということになりました。読み比べて矛盾点などを探されてみるのも面白いかもしれません。
少し前のことになりますが、パートナー企業の役員の方にこのようなことを言われたことがあります。
「この間、奥野さんが新入社員で入られた会社の地方支店にお邪魔したんですが、あれ、まだ廊下に貼られて
ましたよ。」
「え、なんですか?」
と聞き返す私に、その役員の方は、
「ほら、あれですよ。『お客様第一、上司は二の次』の標語」
と教えてくれました。
「あー、あれか」と懐かしい思いがこみ上げてきました。その役員の方が、どういう意味でこれを教えてくださったのかはちょっとわかりませんでした。もしかしたら、必ずしもポジティブな意味合いではなかったのかもしれません。ただ、私にしてみれば、社会に出て最初に叩き込まれた哲学であり、今も自分のビジネス哲学の底流にはこれがあることは否めません。
その会社というのは少々特殊な経緯を抱えた会社で、私が入社する3年ほど前に国営企業から民間企業に生まれ変わり、私が入社したのは丁度株式を公開した直後くらいだったと記憶しています。この大変革期に、造船会社出身の強面の社長が政界、官界、経済界を巻き込んでの泥仕合の末に落下傘降下しており、「お前達のやり方は役所と同じで、民間企業としてはなにもかも極悪だ。全部やり方を変えろ」とマスコミを使って意気軒昂に社内に檄を飛ばしていました。この標語はそうした状況の中作り出されたもので、もう一つの標語『現地に行こう、現物に触ろう』と共に社内至るところに貼られていました。そして、実際、みんな、本当に、ちょっとした「お客様」のご要望に対しても労を惜しまず出動し、また、かなり無理筋と思われるご要望に対しても、腰を低くして対応していました。
これを、いわゆる「現場第一主義」と言います。この会社の場合は、上記のような特殊事情があり、薬が効きすぎている側面があって、やや過激で独りよがりなところもありましたが、当時の日本では、どこの会社も大体似たような感じであり、現場というものをとても大事にしていました。特に製造業やサービス業においては、現場と経営が連動連携した非常に洗練された現場第一主義が貫かれていました。
ビジネスのヒントはいいことも悪いこともすべて現場にある。だから現場で起こっている現実と顧客を始めとする外の世界と接触し、社員が日々肌身で感じる感覚を経営に最大限生かすことが事業成功の最大の秘訣である。時を経ても変わらない普遍的事実なのではないでしょうか?しかし、なぜか最近、この現場第一主義はすっかりスターダムから引き下ろされてしまいました。今や、現場第一主義を推奨する記事も学説もまったくメディアで見かけなくなりましたし、現場を大事にしている企業などほとんど見かけません。なにが現場第一主義を殺したのでしょうか。
まずは、現場効率化の波でしょう。効率化というのは、要は、ITシステムを用いて、現場で起きる事象をデータ化し、コンピューターにぶち込んで、分析させるということです。これを完成させるには現場業務をなるべく定型化しなければいけません。作業手順のマニュアルにそった画一化したものにしなければならない。しかし、現場の声というのは本来そういう定型に馴染まないからこそ使えるわけです。定型化できないものを無理やり定型化し、きれいなグラフにしたところでなにも真実は見えてきません。企業はこれで外の世界とのコミュニケーションが成り立たなくなりました。それでいて、業務が効率化されたのかというと、データ投入項目と作業は自己膨張的に複雑かつ煩雑になるばかりで業務時間はまったく減らないし、意義を感じられない仕事ばかりが増えて社員のモチベーションは落ちるばかりです。
そして、次は米国から持ち込まれたビジョン、ストラテジー第一主義でしょう。これを司る部門は多くの企業で経営企画部などと呼ばれたりするので、経営企画第一主義と言ってもいいかもしれません。ビジョンやストラテジーというのもある程度は必要です。しかし、それはあくまでも現実に即したものでなければいけません。それは、自分の人生を考えてみればわかります。自分の人生で、精緻なビジョンやストラテジーを作ることを第一にしたらどうなるでしょう。理想と現実との乖離が広がるばかりで、最後は現実に潰されるか夢の世界に逃げ込むしかなくなります。大事なことは日々起きる出来事に精いっぱい対処する。それこそが人生成功の秘訣なのです。
企業だって同じです。それを、現場を顧みずにビジョンとストラテジーの精緻化だけを優先すると、頭でっかちに組織ばかりが複雑化していきます。何重にも重ねられた親子会社間で役割を分断化し、壮大なミッションツリーを作ってはまた作り変える。その度に現場と経営の距離は広がっていきます。そうした中、最近では企業のビジョンやストラテジーというと地球の未来や世界の幸せを唱えるものが多くなってきている。そういうことは、私が社会に出たころはウルトラマンと仮面ライダーの専権事項でした。
現場第一主義は死んでしまったのか。ふと思い返してみると、米国巨大ITを呼ばれる企業達。これらの企業の強みの源泉は、まさしく世の中の現場のデータを肌感覚で持っていることだったような。あれ、そうすると、今もやっぱり現場第一主義の企業が勝っているということに変わりはないんですね。
代表取締役 CEO 奥野 政樹
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