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ある本の話
2014年12月01日
極めて付き合いの長い知り合いが本を出版するとのことで、「これどう思う?」と見せてくれました。間もなくアマゾンで売り出すのだそうです。題が「絵になる真面目さ~普通のサラリーマンのちょっと普通ではないやり方」だそうで、本の帯には「サラリーマン諸君、ホウレンソウの呪縛を突破せよ!」とあります。私は彼のことをよく知っているので、言わんとするところは手に取るようにわかりますが、世の人一般にはどうかなぁと思いました。
まず「真面目さが絵になる」というのは、女性には響かないんじゃないかなというのが私の第一感です。女性の場合は、絵になるというのは容姿容貌や景色、或いは花などが美しいことを言うのであって、真面目と言う概念が美しいというのはちょっとピンとこないのではないかと思うのです。女性にとっては、真面目というのは良いことであり、そうでなければいけないこと。それは倫理や道徳、つまり理屈の問題なのであって、美しいとかカッコいいとかいう感性の問題ではありえないのではないでしょうか。
それから男性にも、ある一定年齢を超えるとウケないだろうなと思いました。男というのは社会のしがらみに長く染まっているうちに、自分だけはそういうものに染まらない、いつまでも瑞々しい少年の心を持ち続ける「不良」であるということに価値を見出そうとする生き物であり、そういう意味では「真面目である」ことに価値観を見出そうとするこの本には興味が湧かないのではないかと思うのです。
ウケるとすれば、世の中にあまりにも嘘とごまかしと逃避が横行していることに日々憤りを感じつつも、組織の大きな力の前には自分を曲げて、周囲に迎合し調子を合わせていくしかない現状に悶々とするような、繊細で、社会に出てまだ比較的間のない若い男性層なのではないかと思います。ただ、そういうタイプが往々にしてこういう反駁的な本に感化され、バランスを失して道を大きく踏み外すということを考えると、この本いいのかなという思いも湧いてきます。
内容的には、前半が彼のサラリーマン生活の歴史、そして彼は現在、私と同様ITベンチャーの経営者をやっているわけですが、後半はその彼が言うところの「ちょっと普通ではない経営手法」の紹介になっています。
前半の自叙伝部分は、彼自身も自分を「普通のサラリーマン」と言っている通り、その経験内容自体はたいして特別なことは何もありません。スティーブ・ジョブズみたいに、革新的なアイディアをもって世の中を「あっ」と言わせたというような特殊性は何もなく、本質はあてがわれた仕事を組織と言う安全の殻に守られて粛々とこなしているにすぎません。ただ、よくあるこの手合いの経営者本とちょっと違うのは、「自分は、皆様のおかげで世の中の役に立たせてもらっている」という主張がまったく欠如しているということです。端的に言えば、自分の世に中に対する貢献、そして周囲に対する感謝の気持ちがどこにも表明されていません。
代わりに全編を貫いている感性は、大したことをしているわけではないがとにかく楽しくて仕方がないという、少々子供じみたものになっています。繰り返しになりますが、彼がやっていることはサラリーマンとしてよくある話であり、つまりは人と人のゴタゴタの中であれやこれやと切り盛りをしているということです。こういうことを、多くの人はできれば避けて通りたい煩わしい事柄と感じるのかも知れませんが、どうも彼は、それが楽しいようなのです。今まで私は、彼のことを確かに普通の人だと思っていましたが、もしかしたらちょっと変わっているのかもしれません。
後半部分の「ちょっと普通ではないやり方」については、底流に流れているのはホウレンソウとコミュニケーションに対するアンチ・テーゼです。そんなこと言ったって、チームで仕事をする上で、お互いに意思疎通を図ることは極めて重要だろうと思います。しかし彼が言いたいのは、今世の中で語られているホウレンソウやコミュニケーションの重要性が、一見ビジネス上の当然の必要事項という衣を着せられているものの、その実は、もっぱら上司の情報を知っておきたいという都合と、職場の和を保つという事なかれ主義から語られているものばかりで、ビジネス遂行のための意思疎通の実現という観点からは、むしろ阻害要因になっているということのようです。
私は、彼が経営している会社について実はよく知っていまして、彼のところの社員ともよく話すのですが、確かに彼は、意識合わせとか会議とかをあまりやりたがらないようです。思い付きの言動が多く、それも全社員宛てに突然タイポだらけの独り言のようなメールを送りつけるというようなやり方で伝えてくるので、真意が測り難いという苦情をよく聞きます。
実際、改めてこの本を読んでみて感じたのですが、彼には着想のユニークさとか、周囲の人間を見るときのきめ細かさは確かにあります。しかし、そうした着想や周囲の状況を踏まえた上でアクションを起こしていくときには、どうも粗いというか、計画性というものが殆ど感じられません。彼は若き日の留学の話も書いていますが、自分が行くことになったニューヨークと米国首都のワシントンDCの区別が現地に着くまでよくついていなかったようですし、JFK空港に降りるやいなや、どこのガイドブックにも気を付けるように書いてある白タクに見事につかまったそうです。
計画性がない分、突発事項への対応力は確かに高く、またいざというときに誰がどう使えるかということについての感性だけは高いようで、そういう困ったときは、図々しく他人の力を使い、だいたいどんな問題が起きても解決はしていくようですが、周りにいる人はハラハラするんだろうなと改めて思います。
最後の方に、彼は面白いことを書いています。彼のこういうホウレンソウやコミュニケーションの軽視は、人類学的には狩猟ではなく集落の維持を役割とし、争いを避けるのを最優先することが遺伝子に組み込まれている女性たちにはちょっとキツイはずなのに、現実は、彼の会社の男女比率は、各職種の各階層で50:50であるというのです。つまり女性が好む環境でもなく、女性を格別大切にしている訳でもないのに、思いの外女性社員が多い。その理由はよくわからないと彼は書いていますが、私が考えるに、結局は自分の粗さを補うために、女性の持つ現実的なきめ細かさを周りに常に確保しておきたがる本能が、彼には自然と働くのではないでしょうか。
つくづくこの本を読んで、「こいつ、いい人達に囲まれて楽しげに仕事して、好き勝手なことこうして書いて、つくづくいい気なもんだな」と羨ましくなりました。間もなくアマゾンで買えるようになるようなので、お暇がありましたら一読されてみてもいいかもしれません。