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ゾンビの国

2024年08月01日

 米国親会社の幹部が2人急に来日すると連絡をしてきて、慌ただしい日々が続きました。最初の2日は重めの仕事も多く緊迫した雰囲気もありましたが、3日目ともなるとすっかりスケジュールも空いてしまい、暑いけど鎌倉にでも行こうかということになりました。大仏、長谷寺、八幡宮とひとしきり見て回り、炎天下、鎌倉幕府の日本史における位置付けやらを解説し、守護、地頭ってどうやって説明したらいいのか、などという難問とも格闘しつつ、夕方6時過ぎ、帰宅ラッシュでごった返す東京駅に帰還しました。すると幹部から思いがけぬ質問を受けました。
「(駅にいる通勤客が)みんなシリアスだ。うちの会社のメンバーは明るいのに、どうしてみんな静かなんだ。なんかあったのか?」私には特に違和感はなかったのですが、少々思い当たるところがあり、
「あ、やっぱりそう感じる?」と聞き返すと、
「あー、なんか、みんな生きている感じがしない」とのこと。

 そうなんですよね。私ももう30年ほど前ですが、2年間の米国留学を終えて、久しぶりに降り立った朝の通勤時間の上野駅で同じことを感じたのです。似たような暗い色のスーツに身を包んだ人間が大きな隊列を組んで、無言で都心へ向う山手線のホームにつながる階段を下りていきます。そこに音はなく、ただ、ザッ、ザッという足音が響くだけ。人々からは感情や精気が全く感じられない。ただ、何かに引き付けられるように大勢の人間が隊列を組んでザッザッと階段を下りていきます。さながら、地獄へと引き寄せられていく大量のゾンビの様で怖さを覚えました。
 それまで住んでいたニューヨークで私は帰国直前ウォール街で勤務していたのですが、やはりラッシュ時にはかなり混みます。地下鉄のホームに向かう階段には多くの人が行き交いますし、車両もギュウギュウ詰めということはよくありました。別にそれで誰かが奇声をあげたり、暴れたりしているということはありません。秩序はちゃんと保たれています。それでも、どこか統制されている感はないのです。一人一人の個性が群衆に埋没していない。どこかに引き寄せられていく感じはありません。一人一人に自己の意志、つまりバイタル・サインが感じられるのです。

 そんなところから東京に戻り初日、上野駅のゾンビの行進に相当戸惑いました。ただ、それも程なく気にならなくなってしまいました。私も再び東京ゾンビの一員に逆戻りしたのかもしれません。

 あれから30年の月日が経ち、日本も随分と変わりました。というか変わったと言われている。人々の国籍構成や、髪の色も服装も、30年前とはずいぶんと違っています。誰もぼうっとしていません。みんなスマホ片手に寸暇を惜しみ、なにやら情報に接しています。それでもまだ、外から来た人にはゾンビに見えるのか。この30年、実は何も変わっていないという事実を突きつけられて少し愕然としました。

 幹部2人の話では、渋谷のスクランブル交差点ではゾンビは感じないそうですから、ゾンビはやはりラッシュアワーに駅に出現するサラリーマンと呼ばれる種族に多く存在するのでしょう。

 日本のサラリーマンをゾンビ化させてしまうものはなんなのか。それはやはり終身雇用というかりそめの安全の下、強い同調圧力をかけられ組織に縛り付けられることから来る人間性の喪失なのだと考えるしかないのではないでしょうか。この30年間、日本も国際化が進んだかのように言われていますが、実はそれは米国発の経営管理の手法をグローバルスタンダードと称して輸入しただけです。本来この米国の手法は、コンプライアンス重視にしてもKPI管理にしても、野放しにしておくとなにをやらかすかわからない人たちに対して開発されたもので、そんなものを、放っておいたって周りとの同調を第一に考えている日本人に適用したら強烈な委縮を生むだけです。

 30年前の日本は上の者は決断もしないし、コミュニケーション力も無く何を言っているのかわからなかったが、少なくとも下の者を自由に泳がせる懐の深さがありました。私などはそのおかげで若い時から随分と無茶な決断や行動をさせてもらい、その時に身に着けたスキルで今も米国と闘っています。最近の上の者たちは、国際化のシンボルの一つである説明責任だかのおかげで、言葉は上手くなった。昔と違って、何を言っているのかさっぱりわからない偉い人というのはいなくなりました。しかし、その卓越した説明力で下をマネージしようとはしない。そんな不確実なことをしたら、上手くいかなければ自分のせいにされかねないからです。それより仕組みで人をマネージしようとする。仕組み通りやったんだから、上手くいかなかったらそれは仕組みに合わない下のせいでしょう、という理屈です。

 こういう状況の中で、人間は考えること、決断することを放棄し、ますますゾンビ化していくのでしょう。ゾンビは問い合わせに返事を返しません。電話しても、意図的に切断してしまいます。少し複雑な見積もり依頼になると、平然と数ヶ月放置。最後は、社長決裁だから時間がかかるなどと大嘘をつきます。嘘だということは、すぐわかるのに。なぜなら、日本の大きな会社には社長決裁などというものは存在しないのです。いや、より正確に言うと社長が独断あるいは稟議で判断を下すなどということはありえません。社長の判断というものは必ずその前に経営会議のような幹部で構成される社長の諮問機関の決定に基づいてなされるものなのです。

 こういう信じられないようなモラルの欠如が日本の至る所で頻発しているのが今の状況なのです。当社は、米国幹部から見てゾンビには見えないとのこと。これが確認できたことが、今回の幹部来日の最大の成果でした。


代表取締役 CEO 奥野 政樹

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