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A DAY(いい曲だ)
2025年03月01日
昨年、NHKで「3ヶ月で弾けるようになるピアノ」という番組をやっていました。それまでの人生、全くピアノに触れたことのない還暦の男性が、3ヶ月でエリック・サティの『ジムノペティー』を弾けるようになるという企画でした。一見、驚きの企画にも聞こえますが、私は知っています。この曲なら初心者が3ヶ月である程度弾けるようになるというのはあながち不思議なことではありません。なにを隠そう、この私も15年ほど前、矢沢永吉の『時間よ止まれ』を3ヶ月で弾けるようになりました。ただ、むしろ問題はその後なのです。なんでも、この番組でこの男性は最後に『ジムノペティー』を街角ピアノで演奏するとのこと。これは、無謀です。自分なりにそこそこ弾けるようになるのと、それを人前で弾くというのは全くの別物。私は『時間よ止まれ』を大人の発表会で弾いて、文字通り放心状態。鍵盤が歪んで見えて、すべて狙っている音の隣を叩いているような感覚でした。それでも私の場合は、お金を払って、場を買って、聞いてもらっているわけですが、街角ピアノとなれば、これはタダで、頼まれもしないのに、公衆の面前で演奏するということです。もう、狂っているとしか言いようがありません。
この男性に自分を重ねながら、少々他人事ではなく、この番組を見ていたわけですが、やはり3ヶ月で曲になる感じまでは仕上がってきました。しかし、これで本当に街角ピアノに乱入するつもりなのかなと興味半分、怖さ半分で最終回を見ましたが、横浜の街角ピアノを借り切って、そこに関係者だけを呼んで演奏というものでした。これだと、身内だけの発表会と差して変わりませんから、見ず知らずの人に聴かせる私の発表会よりも少し精神的には楽なのではないかと思いましたが、ご本人はかなりご緊張の様子。よくわかります。なんとか惨事に至ることなく弾き切っていらっしゃいましたが、「練習ではできていることができなくて」ととても悔しそうでした。それに対して講師の先生が、「本番は大体、練習でできていることの7割できれば御の字ですから」とおっしゃっていました。
ご本人は、「悔しいけど、またやりたい」とのことで、私は、「よく、またやりたいなんて思うな」とちょっと感心してしまいました。私の場合、毎年、一種の教室の金銭的あるいはイベントのアクセント的期待に応えるためと、自分に課した修行のために発表会に出ていますが、年々プレッシャーは強くなっていくのを感じます。直前は一週間くらいなんとなく心に重しが乗っかっているような感じになりますし、当日はもう朝から何かに縛られているようで、終わった直後はただ開放感があるだけで、「またやりたい」なんて全く思わないです。
ということで、私の今年の課題曲は、またまた矢沢永吉の『A DAY』。昨年の『止まらないHa~Ha』はバリバリのロックで、ボクシングの那須川天心が登場曲として使っているので最近少し有名になったのではないかと思いますが、『A DAY』の方は、ファンじゃないとちょっと知らないかもしれない、1976年発表のバラードです。どっちが難しいかといえば、それはもう、圧倒的に『A DAY』。ロックは勢いだけで誤魔化しも効きますが、バラードとなると語るように弾かなければいけない。誤魔化しは全く効きません。しかも、今回は短縮しないで、断固フルバージョンやるとわがままを言って、自分で原曲に合わせて少しアレンジもしたりして、全5分と制限時間いっぱいで、とても長い。なかなか思うようにいかない難所も、オクターブの速弾きやら、ピアノを横に全部使っての演奏(指の位置の目視確認が難しいという素人特有の悩みが伴います)と複数箇所あります。中でもイントロの指の動きがとても難しい。どうしても隣の鍵盤を押してしまい、そのままバラバラになりがちですが、やはり曲の頭だけはなんとか決めたいものです。
仕上がりは相当に遅かったですが、それでもなんとか、難所も含めて8割方はいけるようになりました。イントロも、普通であれば決まります。少しくらい間違えても、なんとか誤魔化して弾き切ることはできるのですが、ただ、10回に1回くらい、途中にっちもさっちも行かなくなって、立ち往生ということが起きてしまいます。これを完成度8割とすると、NHK講師の7割の法則を当てはまれば、本番は5割程度しかできないということになってしまう。とにかく、立ち往生だけはしたくないという後ろ向きの思いがある一方で、なんとか完璧に弾いて観客のみなさんをぎゃふんと言わせたいという、夢物語もどうしても描いてしまうのですね。これが良くないのはわかっているのですが、それが素人というもの。どうしようもありません。勝てるという自信には何も裏打ちされていない、ただ勝ちたいというだけの緊張。非現実的に妥協をしようとしない強がりだけの無謀なポジティブ思考はハマりの鉄則なのですが。
さて、ピアノの前に座りました。イントロの最初の音は何度も確認しているので右手、左手、全く問題ありません。しかし、あれっ。指が動かない。そう、文字通り動かないのです。自分の中に、強い失望感が広がりました。その動揺に影響され、メロディーに入っても、バラバラです。あと、4分30秒、気が遠くなるくらい長く感じました。でも不思議なことに、段々と少し、落ち着いてきました。その理由は、なんかこの『A DAY』という曲が凄くいい曲なのです。改めて最高級のピアノで弾いてみると、今まで感じたことのない柔らかい情緒を感じます。中盤からは自分の体が少し左右にスウィングするようになりました。
なんとか弾き切って、舞台を降りるとき、観客席の一番前に座っていたおじさまが微笑みかけてくれました。「もしかしてYAZAWAファンの方かな」と思いましたが、まあ、気のせいかもしれません。先生は、「最初、どうなっちゃうかと思いましたが、よく立て直しましたね。素敵でしたよ」とのことでした。その他にも、「素敵な曲ですね」との感想をいただき、中には私の演奏中にプログラムを見直し、誰の曲かを確認し、大きく頷いていた方もいたようです。
うーん。曲の力ってすごいんですね。あと、やっぱり、こんな曲を書くなんて永ちゃん、神です。
来年、またやりたいかと聞かれれば、YESではありません。でも、なんだかんだもう次の曲選んでしまってるんですねえ。我ながら、懲りないなあ、と呆れてしまいます。
代表取締役 CEO 奥野 政樹
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